小網代の保全に学ぼう

小網代がお手本。
日本の自然には、人の「手入れ」が必要です。     養老 孟司

私が小網代の谷を訪れるようになって、十数年たちます。
NPOの代表を務める岸由二さんとは二十数年来の学者仲間であり、小網代の保全をケーススタディに環境問題をいっしょに考えた『環境を知るとはどういうことか』(PHPサイエンス・ワールド新書)という共著を出しました。
その一方で、私が理事長を務める鎌倉の保育園の子どもたちを毎年小網代の干潟に連れていって、NPOの理事の柳瀬博一さんに自然観察の指導をお願いしています。
私自身、海辺近くの小さな谷に多様な生きものが住んでいる小網代の自然は、自分に近い自然だなあ、とずっと思っています。
生まれ育った鎌倉の昔の自然を思い出すんですね。
開発が進み、海岸と陸とを道路が寸断してしまった今の鎌倉ではせんないことですが、私が子どもの頃の鎌倉では、小網代同様、河辺にはアカテガニがいて、河口の干潟にはさまざまな生きものが住んでいました。
その小網代の谷が、2014年夏、保全が確定して木道が通り、一般公開されました。私もすぐに保育園の子どもたちを連れて、小網代の自然を満喫しました。
そしてつくづく思いました。
日本中の、自然にかかわる仕事をしている人は、ぜひ小網代に学んでほしい、と。
何を学んでほしいのか?
小網代の自然が、人の「手入れ」によって維持されている、ということです。日本の自然は、人が適切に「手入れ」をし続けてはじめて、生きものの多様性が保たれるのです。
「手つかずの自然」という言葉がありますが、日本の都市近郊の自然に関しては、「手つかず」で「ほったらかし」にすると、「自然」は、あっというまにただの荒れ山、荒れ野になってしまい、生きものの多様性は失われてしまいます。
ササや竹がしげってしまったら、他の植物が入る余地はなくなります。常緑樹が覆い被さった山は下草が生えず、土砂が崩れてしまいます。そうなると、植物に頼って生きる動物や昆虫なども暮らせません。
長年、日本中で昆虫採集をしてきたので、私は「どんなところに虫が多いのか」ということを肌感覚で知っています。どんなところか。「人が少々手入れをした自然」に、昆虫はたくさん見られるのです。誰も手入れをしなくなった深い森や野原には、存外昆虫の種類は少ないものです。
小網代の谷を歩いて思うのは、実に適切に手入れがなされている、ということです。
緑は豊かですが、木々が生い茂りすぎないように、人の手で間伐が行われています。結果、さまざまな下草が生えて、植物の多様性が保たれている。するといろいろな昆虫が暮らすことができるようになる。また、川の流れを杭打ちでコントロールして、谷全体に水が回り、地面が乾燥せず、湿地になるように工夫されている。ササを伐採し、アシやオギ、ガマなどの水生植物が広がり、明るい湿原が広がっている。それで、多様な水生昆虫が増える。昆虫が増えると、それを餌とする鳥の種類も数も増える。
このように、明るい林、豊かな湿地というのは、人間が手入れをしないと、あっというまに暗い森、乾燥したササ原に姿を変え、生きものの多様性が失われます。
小網代では、NPOのスタッフやボランティアの人たちが毎月こまめに手入れをして、明るく、水が豊かな谷の自然を保つ努力を続けています。
こまめに自然を「手入れ」することで、外から木を持ってきて植林や植栽をせずとも、小網代の谷に眠っていたさまざまな植物の種子が芽生えて、多様な植物群が形成されます。
また、稀少な虫や魚を外から持ってこなくても、適切な自然環境が維持されていれば、昆虫や魚やいろいろな生きものがちゃんと増えます。
実際に小網代では、ゲンジホタルやヘイケボタル、湿地性のサラサヤンマのような貴重なトンボ、そして川にはアユがたくさん見られ、谷のどこででもアカテガニに出会うことができます。干潟を歩けば、さまざまな種類のカニのダンスを見物できます。
小網代では、人が自然にかかわることで、生物多様性が維持されている。つまり、ひとと生きものとが共存しているわけです。
小網代の保全と、自然管理のありかたは、これからの日本の国土の再生にもとても参考になる、と思っています。
今年も、子どもたちを連れて、小網代の谷と干潟を歩く季節が来るのが待ち遠しいですね(談)。