小網代の森の自然と歴史について

神奈川県三浦半島の先端、相模湾に面したリアス式の入り江と谷、それが「小網代の自然」です。

標高70〜80mの台地を、いくつもの小さな川が刻んだ谷、深い森、広々とした湿地、大きな干潟、そして南国の香り漂う湾。
頂点から相模湾外洋まで約3km、森と湿地と干潟と湾とを川が結ぶ、ひとつの流域がまるごと自然のまま残された、きわめて貴重な自然です。
小網代の自然の中心を成す「小網代の森」は約70ha。東京ドーム15個分の広さ。1.2kmの「浦の川」がつくった流域がまるまる森と湿地のかたちで残されています。川の最上流部から河口の干潟まで、舗装路も家もありません。首都圏では唯一の「完結した自然状態の流域=集水域生態系」。これまでに2000種以上の生きものが確認され、絶滅危惧種も多数生息している、生物多様性の宝庫です。

① 小網代の自然の特徴その1 豊かな森と湿地

小網代の森と湿地は、浦の川水系流域70haが神奈川県によって買い取られ、国交省の指定する近郊緑地特別保全地区としてまるごと保全されています。尾根筋にはマテバシイやモチノキなどの常緑樹林、斜面にはコナラを中心とする落葉樹林が広がり、川筋にはハンノキ林、ジャヤナギ林が。さらに川沿いにはいくつもの湿地があり、下流部の広大な湿地帯はアシ、オギ、ガマが生い茂り、サラサヤンマ、ゲンジボタル、ヘイケボタルなど貴重種が多数生息する、比類のない見事な流域生態系が息づいています。

② 小網代の自然の特徴その2 関東随一の生物多様性を誇る干潟

浦の川の河口には3ヘクタールほど干潟が広がっています。家庭排水や工場排水の影響がほとんどない干潟には、関東・東海地域屈指の多数の絶滅危惧種を含む多様な生物が生息。中でもカニ類はこれまでに60種前後を記録。アカテガニを筆頭とする陸生のカニは、森や湿地や川に暮らし、夏の大潮の晩に干潟の岸辺で一斉に子どもを海に放ちます。数百数千匹のアカテガニが真夏の夕刻に海岸で子を放つ様は、小網代の夏の風物詩です。

③ 小網代の自然の特徴その3  相模湾と黒潮に連なる湾

小網代の干潟の先には漁港、そしてヨットハーバーがあり、湾口から先は一気に数千mの深さになる相模湾につながっています。黒潮がぶつかる地形でもあり、小網代湾は、多くの魚の揺籃場となり、マダイやクロダイ、メジナ、カサゴ、メバル、カワハギ、クルマエビ、ガザミなどの稚魚や幼体が育つ場所。また八放サンゴやサンゴイソギンチャクが生育し、夏にはチョウチョウウオ類の稚魚が泳ぐ亜熱帯の海の様相も見せます。

以上の森と湿地、干潟、海の自然は、川で結ばれ、ひとつの拡大流域として、不可分の生態系を形作っています。小網代の自然のユニークさは、単に珍しい生きものが生息している、ということではなく、「自然の地形単位=流域」がまるごと自然のまま保全されている、ということにあるのです。


小網代関連論文


小網代・浦の川流域におけるサラサヤンマと湿地再生
岸・鈴木・柳瀬
慶應義塾大学日吉紀要・2014
 関連記事:小網代干潟保全の重要性について

小網代干潟における無脊椎動物の多様性・RD種に関する予報
岸・小倉・江良・柳瀬
慶應義塾大学日吉紀要・2013 

小網代におけるアカテガニの放仔活動の時間特性
矢部・岸
慶応義塾大学日吉紀要・2001

小網代の森の歴史

1970年 ・小網代地区が三浦市の都市計画において「市街化区域」になる
1983年 ・慶應大学の藤田裕幸さんがポラーノ村を考える会を創設
1985年 ・三戸小網代開発計画案発表
1987年 ・「この美しい自然を次の世代に伝えるために」ポラーノ村を考える会発行
・「いのちあつまれ小網代」(岸由二著:木魂社)発行
1988年 ・三浦市議会「三戸・小網代地区地域開発促進決議」ゴルフ場開発を含む
1989年 ・ポラーノ村を考える会他4団体で、ゴルフ場凍結解除反対3.7万署名
・県「ゴルフ場建設規制の特例措置」
・『ナチュラリスト入門 海からの伝言』(岩波ブックレット)にエッセー
「アカテガニの暮す谷」(岸由二)掲載
1990年 ・地元市民を中心に「小網代の森を守る会」発足(6月)
・国際生態学会議エクスカーションで小網代大きな評価受ける
・NHK地球ファミリーで「森から海へ:小さなカニの大冒険」放映(11月)
1991年 ・小網代の森を応援するナチュラリスト有志創設
1993年 ・三浦市長、県がゴルフ場開発を困難視していることを市議会で答弁(3月)
・県「地域環境評価書」(小網代は評価A1)
1994年 ・三浦市長「ゴルフ場開発断念へ」(3月)
・県知事「小網代を手法を組み合わせて保全」(6月)
・要望:「小網代自然教育圏・構想」を、小網代の森を守る会・小網代の自然を応援するナチュラリスト有志連盟で、神奈川県知事に提出(7月)
・「三浦半島小網代を歩く夏の自然観察ガイド」
小網代の森を守る会若手スタッフ
1995年 ・県、小網代の森の市街化区域部分を72haにわたって保全し、残りのエリアで開発を行うという基本構想を三浦市に提示(3月)これを受けて「小網代の森保全対策検討会」設置(5月)
・「検討会」より『小網代の森の保全・活用構想』提案(11月)
1997年 ・かながわ新総合計画21「小網代の森の保全の推進」(3月)
・神奈川県環境基本計画「小網代の森の保全の推進」(3月)
・県による一部トラスト緑地の買い入れ保全始まる
1998年 ・「小網代の森保全対策協議会」設置
・保全に向けて諸組織の調整を図るため「小網代野外活動調整会議」発足
1999年 ・通称大蔵緑地(アカテガニ広場)に小網代緑地維持管理用倉庫設置(3月)
・三浦市主催「小網代の森シンポジウム」
(環境庁「自然ふれあい月間」10月)
2001年 ・県民が選ぶ「かながわ未来遺産100選」で15位に
2002年 ・小網代野外活動調整会議、「かながわボランタリー活動推進基金21」で
神奈川県との協働事業をスタート(1月~2005年度まで継続)
2005年 ・基金21委員会の要請により
「NPO法人小網代野外活動調整会議」設立(8月)
・国土審議会の審議を経て国土交通大臣より
近郊緑地保全区域70ha指定(9月)
2006年 ・NPO法人小網代野外活動調整会議、県との協働事業の内容にそった活動を自主事業として継続する旨の覚書を県担当と交わす。
2007年 ・県、2006年度「小網代の森保全管理・活用計画」基本計画を策定(3月)
・県による公有地化が保全区域の8割近くに達する
2008年 ・かながわトラストみどり財団が、トラスト緑地保全支援会員制度開設
(小網代の森、支援対象となるモデル緑地に選定される)
2009年 ・NPO法人小網代野外活動調整会議、第20回「みどりの愛護」功労者国土交通大臣表彰をうける。
・公有地化の拡大をうけて、NPO小網代野外活動調整会議による、流れ、湿地の本格的な回復作業ようやく開始される。
2010年 ・県による買い入れによりほぼ全域の公有地化(一部保全契約民有地)完了
2011年 ・小網代の森、市街化調整区域に変更。近郊緑地特別保全地区に指定。
2012年 ・4月27日 NPO小網代野外活動調整会議が、内閣府主催第6回「みどりの式典」において、緑化推進運動功労者・内閣総理大臣表彰を受ける。
・『奇跡の自然 三浦半島小網代の谷を流域思考でまもる』(岸由二著:八坂書房)
2014年 ・3月31日「小網代の森における環境保全活動に関する覚書」署名
小網代の自然環境の保全回復等にあたり、「かながわボランタリー活動推進基金21」における神奈川県との協働を引き継いで、NPO小網代野外活動調整会議が今後も日常の管理・調整作業にあたることを誓約。神奈川県知事、三浦市長、(公財)かながわトラストみどり財団理事長、
NPO小網代野外活動調整会議代表理事が覚書に署名。
・中央の谷1300mにそって階段、ボードウオーク、テラス等の設置完了。
・7月19日小網代の森施設整備完了式典 県知事、三浦市長、調整会議代表も参加してオープンセレモニー開催
・7月20日~ 小網代の森一般公開
・7月20日  調整会議がいるか丘陵各地の連携団体によびかけ
「オープン記念のボランティアウオーク」を開催
現 在 NPO小網代野外活動調整会議、行政、地元、企業等と連携協働しつつ定例活動等を継続展開中。
・定例活動:
毎月第三日曜日、9:30三崎口集合で自由参加のボランティアウオーク
有償ボランティアによる各種の管理・調整作業
・HP等による情報発信
・小網代の谷の整備状況
保全地域70haのうち、散策路にそった中央の谷の谷底を中心とした領域
20ha規模について、基本的な整備を推進中。残る50haの枝沢の緑、ならびに干潟・アマモ場については、保全に向けた調査、予備作業を推進中。